「夫婦善哉」が有名な戦中・戦後に話題を呼んだ作家の本を読みました。小説の世界観や登場人物の生き様、都市の空気観がいまの時代と少しも変わらないのには少し驚かされました。今年は
戦後65年の歳月の中で、成長し続けた日本の経済社会の中で、暮らしはぐんぐん便利になり、都市のデザインは日々センスアップされてきました。その中で、私たちは文化をすっかりどこかに忘れてきてしまったのでしょうか。あるいはここ20年あまりの景気の後退の中で、50年前の人々の感性や生活のあり方がフィードバックされたのでしょうか。いずれにしても織田氏の文学のもつ、個人主義・厭世観・小さな幸福感には感動させられたりしました。
私たちのモノ創りは決して芸術ではないけれど、生活に密着する多くの価値を商品化することをテーマにしているわけです。そこには人間の可能性や、日本人の感性、そして価値観に応えるものでなくてはならないもだと思わされました。行き過ぎた功利主義や、閉塞感の中で生まれた成果主義に追われてきた私たちの65年そのものがちょっと違っていたのかもしれません。貧しい生活の中にあっても、暗く臭い路地裏の住まいの中にもあっても必ずしも不幸とは限りませんものね。
写真は江戸川橋で見つけたかわいい商店街。
2010年9月2日木曜日
2010年8月20日金曜日
世の中の役に立つこと。
大量生産、大量販売の時代が終わって早20年がたとうとしています。身の回りにあふれていた新しいものが、だんだんマスコミや広告の中だけであるような気分にさせられます。販売サイドを見てもメガストアが薄利多売でさらに巨大化することが少なくなっています。
最近はプチ贅沢などといって、小額のハイグレード商品が意外と受けているようです。生活者だって、一般的に生活に大きなゆとりがあるわけではないので、やはり高額品が飛ぶように売れるような社会はもうないかもしれません。
いまは、政府の政策でエコポイントなどが注目され、車や家電、住宅部品といったものの環境対策を施されたものが売れているようです。これも、生活に及ぼす実質的な価値を見ると、疑問を感じるものも多くあるように感じます。
これからのモノつくり、難しい時代だなと思います。とりわけ多くの企業に開発の体力も少なくなってきている現状の中で、私たちは何を目指していけば良いのでしょう。少なくとも、これからの地球に、次の世代に、そして生活するみんなにやく立つモノを創って行きたいものです。
最近はプチ贅沢などといって、小額のハイグレード商品が意外と受けているようです。生活者だって、一般的に生活に大きなゆとりがあるわけではないので、やはり高額品が飛ぶように売れるような社会はもうないかもしれません。
いまは、政府の政策でエコポイントなどが注目され、車や家電、住宅部品といったものの環境対策を施されたものが売れているようです。これも、生活に及ぼす実質的な価値を見ると、疑問を感じるものも多くあるように感じます。
これからのモノつくり、難しい時代だなと思います。とりわけ多くの企業に開発の体力も少なくなってきている現状の中で、私たちは何を目指していけば良いのでしょう。少なくとも、これからの地球に、次の世代に、そして生活するみんなにやく立つモノを創って行きたいものです。
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